大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(行ツ)93号 判決

上告人

国税庁長官

安川七郎

右指定代理人

貞家克己

外五名

被上告人

甲野太郎

(仮名)

右訴訟代理人

樋口光善

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

上告指定代理人香川保一、同高橋正、同座本喜一、同鬼塚朝昭、同平井章夫、同武田勇の上告理由について。

本件記録によれば、被上告人は、税理士名簿に登録された税理士であるが、上告人により、昭和三九年一一月二日付で「一年の税理士業務の停止」の懲戒処分に処せられたため、同年一二月三〇日異議の申立てをしたところ、昭和四〇年一〇月三〇日付で異議申立てを棄却されたので、同年一二月二日、右懲戒処分の取消しを求めて本訴を提起したというのである。原審は、右懲戒処分は一種の行政処分であるからそれが当該税理士に告知された時にその効力を生ずるものであり、本件懲戒処分は遅くとも被上告人が異議申立てをした昭和三九年一二月三〇日の前日までに被上告人に告知されその効力を生じ、したがつてまた、昭和四〇年一二月二九日以降その効力を失うにいたつたものであるから、仮に、本件懲戒処分が違法法であつたとしても、被上告人はその取消しによつて法律上の利益を回復する余地はなく、本件訴えは不適当であるとしてこれを却下した第一審判決を相当として、控訴を棄却したのである。

論旨は、要するに、税理士に対する懲戒処分の効力の確定によつて発生するものと解すべきであるにもかかわらず、当該処分が告知された時に発生するとした原判決は、税理士法の解釈を誤つたものであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

思うに、行政処分は、原則として、それが相手方に告知された時にその効力を発生するものと解すべきであるが、法律が効力の発生につき特別の定めをしている場合には、その定めに従うべきものであり、この法律が特別の定めをしている場合とは、法律が直接明文の規定をしている場合(海難審判法四条二項、五条、五七条参照)にかぎらず、当該法律全体の趣旨から特別の定めをしていると解せられる場合を含むものであることはいうまでもないところである。

税理士法は、国税庁長官が税理士に対して行う懲戒処分の効力(執行力)の発生時期について、直接明文の規定を設けていない。しかしながら、同法四条七号は、税理士の欠格事由の一として、懲戒処分により税理士業務を行うことを禁止された者で、当該処分が確定した日から三年を経過しない者と定め、また、同法二八条一項は、税理士が税理士業務の停止の懲戒処分を受け当該処分が確定した場合には、遅滞なく税理士証票を日本税理士連合会に返還しなければならない旨を定め、また、同法四八条は、国税庁長官は、懲戒処分が確定したときは、遅滞なくその旨を官報をもつて公告しなければならない旨を定め、さらに、同法六一条四号は、税理士業務の停止の懲戒処分が確定した場合において、その処分に違反して税理士業務を行なつた者を処罰する旨を定めている。このように、税理士法が懲戒処分の効力の発生に伴う処置やこれを前提とする不利益な効果の付与を懲戒処分の確定にかからせていることから考えると、同法は、税理士に対する懲戒処分の効力の発生時期をその処分の確定した時としているものと解するのが相当である。

そうすると、原審の前記判断は、税理士法の解釈を誤つたものというべきであり、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決は破棄を免れず、前示の事実関係のもとにおいては、本件訴えは適法というべきであるから第一審判決を取り消し、さらに本案につき審理を尽させるため、本件を第一審裁判所に差し戻すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(小川信雄 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

上告指定代理人香川保一、同高橋正、同座本喜一、同鬼塚朝昭、同平井章夫、同武田勇の上告理由

原判決には、判決に影響をおよぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決が引用する一審判決は、「税理士に対する懲戒処分は一種の行政処分であるから、それが当該税理士に告知された時よりその効力を生ずるものと解すべきであつて、この点については、他の一般の行政処分と区別すべき理由はない。」と判示したうえ、本件懲戒処分は遅くとも被上告人が異議申立てをした昭和三九年一二月三〇日の前日までに被上告人に告知されその効力が生じ、「したがつて、また、昭和四〇年一二月二九日以降その効力を失なうに至つたものである」から、「本件訴えは、本案について判断するまでもなく、訴え自体不適法であるので、これを却下する。」旨判旨している。

二、しかしながら、現行税理士法の解釈としては、税理士懲戒処分の効力は、以下に述べるように、告知によつてて当然に発生するものでなく、右懲戒処分に対する争訟等が終了し、当該処分について不可争の状態となつたいわゆる処分の確定をまつてはじめて生ずるものと解すべきである(もつとも、国民の権益に関係の深い税理士法のごときいわゆる業法にあつては、国民の権益に重きを置き、懲戒処分の効力を告知によつて生ぜしめるものとすることがより妥当とする考え方もあり得るが、現行税理士法は、むしろ税理士の懲戒処分による不利益を考慮して処分の確定により効力が生ずるものとしているのである。)。

一般に、行政処分の効力は、処分が相手方に告知されたときに生ずるものであるが、法律が特別の定めをしている場合にはその限りでないことはいうまでもない(たとえば、海難審判法四条二項に基づいてなされる海技従事者等に対する懲戒裁決は、当該裁決が確定した後に執行すると規定されている。同法五七条参照)。そして、この特別の定めがある場合とは、明文の条項がある場合に限らず、当該法律全体の趣旨から特別の定めをしているとみられる場合も含むことはいうまでもない。

ところで、税理士法は、税理士懲戒処分の効力が処分の告知の時に発生するのか、あるいは法律上争い得ないこととなつたいわゆる処分確定の時に発生するのかについては、直接の明文規定を設けてはいないが、同法は、税理士懲戒処分の効力が処分の確定時に発生するものであることを前提としているものと解すべきであつて、このことは、次の各事項に照らし、明らかなところである。

(一) 税理士法二八条一項後段

税理士法二八条一項後段の規定は、税理士が税理士業務の停止の処分を受け当該処分が確定した場合には、遅滞なく税理士証票を日本税理士会連合会へ返還しなければならないこととしている。税理士証票は、税理士が税務代理をする場合において、税務官公署の職員と面接するときは、これを提示しなければならないものであり(同法三二条)、税理士業務の遂行上必要不可欠のものである。そして、同法二八条一項後段の規定が、この税理士証票の返還を懲戒処分の確定後になすべきこととしていることは、とりもなおさず税理士に対する懲戒処分の効力が処分の確定によつて生ずるものであることを当然の前提としているといわなければならない。

思うに、懲戒処分に対して取消訴訟が提起された場には、当該処分が確定するまでには相当の日数を要し、したがつて、もし税理士に対する税理士業務停止の処分(一年以内の停止しかありえない。同法四四条)の効力が処分の告知によつて直ちに発生すると解するならば、(そして、さらに同法二八条一項後段に規定する「懲戒処分の確定」を法律上争い得ないこととなつた時を意味すると解するのが相当である以上)同法二八条一項後段は、税理士業務の停止期間中は、税理士証票を返還させないでおいて、業務停止の期間が過ぎて税理士業務が行なえるようになつているであろう処分の確定(判決の確定)時後に税理士証票を返還させるという不合理なことを規定したこととならざるを得ない。

(二) 税理士法四八条

税理士法四八条の規定は、国税庁長官は、税理士に対する懲戒処分が確定したときは、遅滞なくその旨を官報をもつて公告しなければならないものとしているが、その目的は、世間一般に処分のあつたことを周知せしめ、依頼者が不測の損害をこうむることを防止しようとすることにある。そして、同条は、税理士懲戒処分の効力がいわゆる処分の確定によつて生ずるものであることを前提としているのであり、もし、処分の告知によつて懲戒処分の効力が発生するものと解するならば、前記(一)で述べたごとく、業務停止期間満了後に処分の公告をするような不合理な事態も生じ、同条の趣旨が失なわれることとなる。

(三) 税理士法六一条四号

税理士法六一条四号は、「税理士業務の停止の処分が確定した場合において、その処分に違反して税理士業務を行なつた者」は一年以下の懲役または五万円以下の罰金に処する旨を規定しているが、同条は、業務停止の処分が確定してはじめて業務停止の効力が生ずることを前提として、「その処分」すなわち確定した処分に違反したものを処罰の対象としているのである。仮に、業務停止の処分の効力が処分の告知によつて発生するものと解するならば、同条は業務停止の処分に違反して税理士業務を行なつている者であつても、直ち処罰せず、当該処分が確定した後に、引き続きその処分に違反して税理士業務を行なつた者のみを処罰することを規定したことになり、違反者に対する処罰規定としては、誠に不撤底なことを規定したことになるのである。

三、以上のように、税理士法においては、税理士懲戒処分の効力は、法律上争い得ないこととなつたいわゆる処分の確定によつて生ずるものとしていると解するのが合理的であり、これに反する原判決の見解は、税理士法の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

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